大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(ワ)1190号 判決

原告

竹村夏代

ほか一名

被告

樋口木材株式会社

ほか三名

主文

一  被告樋口木材株式会社、同青木肇男は各自、原告竹村夏代に対し八四一万五、三二五円、原告竹村賢一に対し一、二六七万八、六四九円およびこれに対する昭和四五年二月一七日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告樋口木材株式会社、同青木肇男に対するその余の請求ならびに被告株式会社サンエス企画、同佐々木一良に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告らと被告樋口木材株式会社、同青木肇男との間に生じたものはこれを五分し、その一を原告らの、その四を同被告らの、各負担とし、原告らと被告株式会社サンエス企画、同佐々木一良との間に生じたものは原告らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら「被告らは各自、原告竹村夏代に対し一、〇八九万二、一九一円、原告竹村賢一に対し、一、七〇〇万四、六六七円および右各金員に対する昭和四五年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決並びに仮執行宣言。

二  被告ら「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二原告らの請求の原因

一  事故

(一)  発生時 昭和四五年二月一六日午後四時五四分頃

(二)  発生地 神奈川県津久井郡相模湖町小原字宮開戸一四一六番地の二中央高速道路上

(三)  加害車両1 普通貨物自動車(多摩一な五一〇一号、被告青木運転、以下甲車という。)

(四)  加害車両2 普通乗用自動車(品川五一ら二五二九号、被告佐々木運転、以下乙車という。)

(五)  被害車両 普通乗用自動車(松本五ぬ七五五三号、竹村貞一運転、原告賢一同乗、以下丙車という。)

(六)  態様 丙車が中央高速道路を八王子方面から相模湖方面に向け進行中、対向して進行して来た乙車が追越しをかけて甲車の前方約二〇メートルに割込み、同車との車間距離が十分でなく、急ブレーキをかけると事故が発生することが十分予見されたのに、前後の状況を十分に見極めないで急停車したため、その後方を車間距離を十分とらず且つ最大積載重量を二・四一トンも超過して走行中の甲車が乙車への追突を避けるため、ハンドルを右に切つて、中央線を越え、丙車に側面衝突した。

(七)  貞一(四一才、室内装飾業)は、即死した。

原告賢一(一八才、学生)は、頭部外傷、脳振盪症、顔面多発切創、上顎側切歯脱臼骨折、舌下部裂創の傷害を受け、昭和四五年二月一六日から同年三月二六日まで三九日間入院治療を要した。

(八)  破損物件 貞一所有の丙車一台

二  責任原因

被告らは各自、次の理由により、原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

(一)  被告樋口木材株式会社(以下被告樋口木材という。)は、甲車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任(人損について)。

同被告は、被告青木を使用し、同被告が被告樋口木材の業務を執行中、後記(四)の過失により事故を発生させたから、民法七一五条一項による責任(物損について)。

なお同被告と被告青木とは、次のような関係があるから、両者間には実質的な使用者被用者の関係が存在するというべきであり、被告樋口木材は、次に述べるように甲車を自己の営業のため運行の用に供していたものである。

1 被告青木は、甲車を使用して被告樋口木材の木材運搬に専属して従事し、当時、同被告から得る収入のみで生活をたてていた。

2 被告青木の運搬業務は、被告樋口木材の指示に基づいてなされており、また甲車の車体には被告樋口木材の承認のもとに樋口木材と大書されていた。

3 甲車は、月賦で購入されたものであるが、その代金は被告樋口木材振出の手形によつて売主に支払われている。

4 被告青木は、社会保険につき、被告樋口木材の従業員として扱われていた。

(二)  被告株式会社サンエス企画(以下被告サンエス企画という。)は、乙車を所有し、これを業務用に使用し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任(人損について)。

同被告は、被告佐々木を使用し、同被告が被告サンエス企画の業務を執行中、後記(三)の過失により事故を発生させたから、民法七一五条一項による責任(物損について)。

(三)  被告佐々木は、後方不注意、駐停車禁止違反・不適当の過失により事故を発生させたから、民法七〇九条の責任。

(四)  被告青木は、前方・側方不注意、車間距離不保持、車両通行帯通行方法違反、積載重量超過(法定四トンのところ六・二トン)の過失により事故を発生させたから、民法七〇九条の責任。

三  損害

(一)  原告夏代の損害

1 葬儀、墓碑建設費

原告夏代は、貞一の事故死に伴い、葬儀(四九日祭を含む)費として五七万六、八五八円、墓碑建設費として二三万七、〇〇〇円の支出を余儀なくされた。

2 入院付添費

原告夏代は、原告賢一の入院中、付添費として七万六、〇〇〇円を要した。

(三)  貞一の損害並びに原告らの相続

1 逸失利益

貞一は、事故当時四一才であつて、本件事故にあわなければ、爾後六六才に至るまでの二五年間稼働できたはずである。

貞一は、年額二三六万円の収入を得、生活費は年額七一万円であるから、少くとも年一六五万円の純利益を得ていたはずであり、これを基礎として、貞一の逸失利益の現価を、ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二、六三〇万円となる。

2 丙車大破による損害

丙車は、貞一が昭和四五年二月代金九〇万七、〇〇〇円で購入したばかりのものであるが、本件事故により大破し、使用不能となつた。

3 原告らは、貞一の右損害賠償請求権につき、法定相相分に応じ、原告夏代は妻としてその三分の一である九〇六万九、〇〇〇円、原告賢一は唯一の子としてその三分の二である一、八一三万八、〇〇〇円をそれぞれ相続した。

(三)  慰藉料

原告夏代は、永年妻として連添い、精神的支えで且つ生活の支柱である夫貞一を、長男の原告賢一が未成年という状況下で突然失い、原告賢一は、前記傷害を受けたほか、父貞一の死亡により母子家庭となり、進学、就職、結婚等において将来多大の不利益を受けることは必定であり、このような原告らの悲嘆は大きく、筆舌に尽せないが、その精神的苦痛を慰藉するには、原告夏代が二〇〇万円、原告賢一が二二〇万円を相当とする。

(四)  損害の填補

原告らは、貞一の事故死に基づく損害につき、自賠責保険から五〇〇万円を受領し、これらを原告ら前記損害に法定相続分に応じ、原告夏代が一六六万六、六六六円、原告賢一が三三三万三、三三四円ずつ充当した。

(五)  弁護士費用 六〇万円(原告夏代負担)

四  よつて、原告らは、被告ら各自に対し、前記損害合計から填補額を差引いた金員(原告夏代は、一、〇八九万二、一九一円、同賢一は一、七〇〇万四、六六七円)及びこれらに対する事故発生の日の翌日である昭和四五年二月一七日以降支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告樋口木材の主張

(答弁)

一  請求原因一(一)ないし(五)の事実は認める。

同(六)の事実のうち、甲車が車間距離を十分とらなかつたとの事実を否認し、その余は認める。

同(七)の事実中、貞一が死亡し、原告賢一が負傷した事実は認め、その余は不知。

同(八)の事実は不知。

同二(一)、(四)の事実中、原告青木の積載超過のあつたこと、甲車の車体に被告樋口木材の承認の下に樋口木材と記されていたことは認め、その余の事実は否認する(後記二のとおり)。

同(三)の事実は認める。

同三の事実はいずれも不知。

原告らは、貞一の死亡後、同人の経営していた竹村装飾店の営業を引継ぎ、同店からの収入を得ているから、貞一の逸失利益の損害は多額に過ぎる。貞一の稼働年数は二二年間と見るべきであり、その他の損害についても多額に過ぎ不当である。

二  被告樋口木材は、被告青木の使用者ではなく、また甲車の運行供用者でもないから、事故につき責任はない。

すなわち、被告樋口木材は、昭和四四年初め頃、取引先であつた佐野某から、青木肇男という男(被告青木)がモグリで運送業をやつているが、その所有している貨物自動車の車体に樋口木材と記載させて欲しいとの話があり、宣伝になると考えこれを認めたが、被告青木から名義使用料をもらつたことも同被告と取引したこともなかつたところ、その後、昭和四五年一月になつて、同被告に対し、神奈川県かんのう川の山林から被告樋口木材工場までの木材の運搬を請負わせたことがあるにとどまり、事故当時、被告青木が右請負契約に基き甲車を運転していたものであるが、右請負は、運送代金、契約期間、甲車の管理方法等いずれを見ても普通一般の請負であり、両者の特別のつながりによるものではない。

被告青木は、青木商事の名称で従業員数名を雇用し、広く運送業、木材の加工、販売業を営み、一個の独立した営業体として活動し、被告樋口木材に従属したことはない。

(予備的抗弁)

本件事故は、被告青木が甲車を運転し、時速約六〇キロメートルの速度で進行中、被告佐々木の運転する乙車が甲車を追越し、その直前(前方一〇ないし二〇メートル地点)に割込んだ際、反対方向から中央線を越えて猛スピードで対向してくる大型貨物自動車(ダンプ、以下丁車という。)があつたので、これとの衝突を避けようとしてブレーキをかけて急停止したため、被告青木はやむを得ず追突を避けるためとつさにハンドルを右に切つたところ、中央線を越えて丙車に衝突したものである。

従つて、被告青木は、乙車に追越された直後に同車が急停車したため、同車との車間距離をとるいとまが全くなく、同車への追突を避けるためやむを得ず、ハンドルを右に切つたのであるから過失がなく、甲車には構造上の欠陥及び機能上の障害はなかつたので、被告樋口木材は自賠法三条但書により免責される。

第四被告サンエス企画、同佐々木の主張

(答弁)

請求原因一(一)ないし(五)の事実は認める。

同(六)の事実のうち、乙車が前後の状況を十分に見極めないで急停車したとの事実は否認し、その余は認める。

同(七)の事実中、貞一が同日死亡したことは認め、その余は不知。

同(八)の事実は不知。

同二(二)(三)の事実中、被告佐々木が被告サンエス企画の代表取締役であること、被告サンエス企画が乙車の所有者であることは認め、被告佐々木に逸失のあつたことを否認し、その余の事実は不知。

同三の事実はすべて不知。

(主張)

本件事故は、被告佐々木が乙車を運転し、時速五〇ないし六〇キロメートルの速度で先行していた被告青木の運転する甲車を、時速約八〇キロメートルの速度に加速して追越し、その前方約一九メートル附近に入つたが、同乗していた妻の言葉に従い、速度を時速八〇キロメートルから六〇キロメートルに徐々に落し、甲車との車間距離が約四〇メートル開いたところで、丁車が対向車線を連続して走行中の車両数台を一気に追越そうとして乙車の進路前方に進入して来るのを発見し、危険を回避するためブレーキを踏みながら徐々に進路を左側に寄るとともに更にブレーキを踏んで速度を落し、時速約四〇キロメートルの速度で進行していたところ、被告青木が前方注意を怠り、乙車の減速したのに気付くのが遅れて追突直前に甲車のハンドルを急に右に切つたため、丙車と衝突したものである。

被告佐々木は、丁車が自車線内を対向して接近して来る危険な状態にあつたので、進路左側に寄るとともに、危険回避のため減速したのであり、その際には甲車との車間距離も十分あつたから、後続車である甲車の前方注視を信頼して避難措置をとつたのであつて、何ら過失はない。

本件事故の原因は、被告青木が対向して来る丁車に気をとられて、乙車が徐々に減速しているのに気付かなかつたことと、対向する丁車の無謀な追越しとにある。

従つて、被告サンエス企画は、被告佐々木が乙車の運行に注意を怠らず、同車には構造上の欠陥及び機能の障害がなかつたから、自賠法三条但書により免責される。

第五被告青木の主張

(答弁)

請求原因一(一)ないし(五)の事実は認める。

同(六)の事実については、第三に同じ。

同(七)の事実のうち、原告賢一の入院期間は不知、その余は認める。

同(八)の事実は不知。

同二(四)の事実は争う。

同三の事実中、(四)の事実は認め、その余は不知。

(主張)

本件事故発生の状況は、被告樋口木材の主張(予備的抗弁)のとおりであつて、被告青木にとつては避けることができないものであつたから、同被告に過失責任はない。

第六原告らの主張(反論等)

仮に、被告佐々木が対向して来る丁車との接触を回避するため、甲車の前方に割込んだとしても、本件道路の幅員が一〇メートル余もあり、現に乙車より遙かに大きい甲車も丁車と何んら接触しないですれ違つており、乙車には前方を通行中の先行車両もなく、また被告佐々木も、甲車との車間距離が不十分であることも知つていたから、少くともこれまでと同一速度で進行すべきであつたのに却つて急停車したため、車間距離を十分とれず、且つ積載量を超過していた甲車が乙車への追突を回避しようとして本件事故を惹起したのであるから、乙車の運転者である被告佐々木にも本件事故発生につき過失がないとはいえない。

第七証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因(一)ないし(五)の事実及び丙車が中央高速道路を八王子方面から相模湖方面に向け進行中、対向して来た甲車が追越しを終えて自車の直前一〇~二〇メートルのところに割込んだ乙車への追突を避けるため、右にハンドルを切つて、中央線を越えて対向車線に進入して丙車に衝突し、貞一が死亡したことは〔証拠略〕によれば、原告賢一は、原告ら主張の傷害を受け、同主張の期間入院治療を受けたこと、〔証拠略〕によれば、丙車が損壊したことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

二  事故の状況と運転者の過失

(一)1  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、八王子方面(東側)から相模湖・大月方面(西側)に、ほぼ東西に通する高速自動車国道中央自動車道富士吉田線下り四三・九キロメートルポスト附近で、相模湖インターチエンジから東方約一キロメートルの地点である。

現場道路は、アスフアルト舗装道路で有効幅員が約八・一メートルで、上下各一車線となり、中央線は点線で引かれており、その両端には各一・八五メートルの路肩が白線で区画されている。そして、本件現場付近では、道路は直線であるが、同所の西方約一五〇メートル附近から相模湖方面に向け左にゆるいカーブとなり、また同所の東方約一五〇メートル地点からは東方に向けゆるい左カーブとなつているうえ、相模湖方面から八王子方面に向つてゆるい下り坂となつていた。そして、事故当時路面は乾燥していた。

現場附近は、最高時速六〇キロメートル、全面駐停車禁止、転回禁止の規制がされた区域であり、相模湖方面から本件衝突地点手前約六四〇メートルの地点までは追越禁止区域となり、路面中央線に黄色のペイントで規制標示がなされ、右地点道路左端には追越禁止解除の標識が設置されている(なお、本件現場付近も、その後本件のような正面衝突事故が多発したため、追越禁止規制区域となつたことは当裁判所に顕著である。)。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

被告佐々木は、乙車(コロナマークⅡ四四年型)に、妻、友人および得意先の宮坂作平を同乗させて、大月方面から東京方面に向けて中央高速道を東進していた。

また、被告青木は、甲車(トヨタ四トン車、四二年型)に叔父である田中秀司およびその妻八重を同乗させ、神奈川県津久井郡津久井町青根から被告樋口木材への生木約六・四一トンを積載して、相模湖インターチエンジから中央高速道に入り、時速約六〇キロメートルで東進していた。

乙車は、相模湖インターチエンジから追越禁止解除の地点までは、甲車に追従して甲車と同程度の速度で進行していたが、追越禁止区間を過ぎて間もなく、甲車の追越しにかかり、時速八〇キロメートル前後に加速して、中央線を越え、本件衝突地点の少なくとも約一五〇メートル手前において追越しを完了し、乙車は、甲車の約二〇メートル前の左側車線に戻つて、時速六〇キロメートル前後に減速して走行していた。

甲・乙車の車間距離は、甲車側の運転者および同乗者において、危険を感じない程度に保たれていた。

ところが、本件衝突地点の一二〇ないし一三〇メートル位手前に至つたとき、甲・乙車とも、追越しのため中央線を越えて、対向してくる丁車(濃緑色の大型ダンプ車、ふそう)を認めたが(甲車が丁車に気付いた時、乙車はその前方約四〇メートル先にあつた。)、いずれ左側車線に戻るものと考え、さほどの減速もしなかつた。

しかし彼此の距離が約五〇メートルに近づいても、丁車が依然として左側部分(上り車線)に入つたまま対向してくるので、危険を感じた被告佐々木は、それまでも徐々に左に寄つていたのを、制動をかけて、時速四〇キロメートル以下に減速するとともに、さらに乙車を左に寄せ、殆んど路肩に入り込んで、丁車とすれ違つた。なお、被告佐々木は、丁車とすれ違つた後にもブレーキを踏んでいた。

他方、被告青木も、対向する丁車との衝突を避けるべく、甲車を左に寄せて走行させていたが、特段減速の措置をとらず、丁車をやり過すのに気を奪われていたため、先行の乙車が減速しているのを、丁車とすれ違つてからはじめて発見し、制動措置をとるとともに右に転把したが間に合わず、路肩内において、乙車右後部に甲車の左前部角を衝突させた。

以上の事実が認められ、右認定に反する、〔証拠略〕中の乙車は甲車を追越してすぐ甲車の前に、割込んで急停止した旨の部分は、事故直後における被告青木および甲車同乗者の供述内容(前掲乙号証)に照らし信用できない。

〔証拠略〕によれば、甲車は乙車に追突した後道路左端(路肩外側)から約一・八メートルと約二・六メートルの地点から中央線を越える二条のタイヤ痕を残して、右にローリング状態で中央線を越えて対向車線に進入し、対向してきた訴外遠山直子運転の普通乗用自動車(練馬五る七一五九号)右後部に、次いで同車の後続車である丙車右前部に、さらに、丙車の後続車である訴外坂口寛興運転の大型貨物自動車(新一な一二一四号)の右前部に、各衝突したうえ、丙車を路肩外側のガードレールまで押し戻し、また、坂口運転車をほぼ半回転させた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  前記当事者間に争いがない事実及び右認定事実によると、本件事故の主な原因は、幅員のさほど広くない本件道路にあつて、対向車があり、それとの安全を確実視できない状態にあるのに、中央線を越えて追越しを継続した丁車にあつたことは明らかである。

しかし、被告青木も、先行車の動向に注意を払い、同車が急停止しても同車との衝突を回避し得るに足るだけの車間距離を保つて走行すべき義務があつたところ、これを怠つて甲車を運転した過失を犯しており、これが本件事故の一因であることも明らかである。そうすると、同人は、民法七〇九条により、原告らの蒙つた損害を賠償する義務を免れない。

ところで、以上認定したところによれば、被告佐々木の甲車追越し方法は、十分車間距離を保たないのに甲車の直前に割込んだ点で、高速道路におけるそれとしては不適切なものであつたといわねばならないが、その後七、八秒以上走行して本件事故が発生していることに鑑みると、被告佐々木の追越し方法の違法は、本件事故と因果関係があるといえない。そして、同被告が丁車との衝突を回避すべく制動をかけて減速した行為も、たしかに、本件のような高速道路にあつては、急激な制動は追突等の危険発生の可能性が強いため、避けるべきものであるうえ、結果的には、乙車より右側に位置していた甲車さえ、丁車と無事すれ違つていることからすると、被告佐々木としても、制動をかけなくても丁車をやり過すことができたと推認されるけれども、乙車及び丁車の車種、丁車の走行状況に鑑みると、通常一般の自動車運転者においても同様の措置に出るものと予想されるのであつて、何ら責められるべきでなく、結局、被告佐々木には本件事故に結びつく過失はなかつたといわねばならない。

三  責任原因

(一)  被告樋口木材

1  被告樋口木材が事故当時被告青木に対し、木材運搬を請負わせ、同被告が右請負に基づき被告樋口木材の木材を運搬中に本件事故を発生させたこと、甲車の車体には樋口木材と記載され、被告樋口木材もこれを承認していたことは当事者間に争いがない。

2  〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 被告青木は、従前から、従業員二名程度、自動車二、三台を擁し、青木商事等の名義を用い自己の計算において木材の伐採・搬出・製材・販売や一般貨物の運送を業とし、昭和四二年末頃までは東京の木材市場の問屋関係の運送を主たる業務としていたが、西多摩方面での運送に当ることを意図し、従前からの取引先である佐野商店の紹介により、昭和四三年二月頃から、被告樋口木材の材木運搬を請負うに至つた。

その際、被告青木は、同業者から道路運送法に違反し無免許で運送事業に当つていると告発されたこともあつて、被告樋口木材に名義使用の了解を求め、被告樋口木材も、広告宣伝ともなると思つて、これに了解を与えたが、その対価は特に求めなかつた。

また、被告青木は、病気がちであつたため健康保険の利用を欲し、被告樋口木材に依頼し、健康保険等の取扱上同被告の従業員として貰つており、ただ、その保険料は被告青木において負担していたが、同被告が元気に稼働できるようになつた昭和四四年頃にはそのような関係もなくなつていた。

被告青木は、被告樋口木材との取引により、昭和四三年中には月当り平均一二万円余の請負代金を得ていたが、昭和四四年になつてからは、自己の材木商としての営業の方が忙しかつたため被告樋口木材からの請負仕事はしなくなつていた。ところが、昭和四四年一二月頃から、営業の結果が芳しくなかつたため、再び運送事業を主とすることとし、主として甲車をもつて被告樋口木材の木材運送を請負うようになり、昭和四四年一二月七回、昭和四五年一月一八回、同年二月二七回の請負をした。その請負代金の事故直前三ケ月間の月当り平均は一二万円弱であつた。

(2) 被告青木は、昭和四三年二月頃から、被告樋口木材から請負う木材運搬に従事するほか、同被告の紹介により請負うようになつた訴外日産防腐株式会社(後に日産農林工業株式会社と社名変更)の電柱の運搬にも当り、それに使用するトラツクにも日産防腐の名が入つている。

被告青木は、右日産農林から、本件事故直前六ケ月の平均として、月当り三三万円余の請負代金を得ていた。

(3) この他、被告青木は、事故直前三ケ月間、月当り平均すると、三六万円弱の材木を市場にて販売したほか直接に材木店に販売したりしていた。

(4) 被告青木所有車両のガソリン、オイル、修理費等は、いずれも同被告において負担しており、その購入代金も同被告において負担し、いずれも被告青木の名義で購入している。とくに、甲車についていえば、同車は昭和四三年一一月に購入されたものであるが、その代金の一部は現金で、残りは割賦で支払われ、その支払担保のため、約束手形が振出されていたが、これも被告青木名義であつた。

(5) 被告樋口木材は、製材、木材の販売あるいは林産物の加工・販売を業とし、従業員二二、三名を使用し、その業務のため貨物自動車四台(八トン車一台、四トン車二台、二トン車一台)を利用していたが、従業員のうち輸送担当者はわずか二名であり、木材の伐採、出材の殆んどは下請人によつてなされていた。

(6) 被告青木が事故当時被告樋口木材から請負つて担当していた、青根からの丸太の運搬は、同被告の他に、山梨県の杉田某も当つており、同人の方が仕事量は多かつた。

当時、木材を積込む青根の現場には、被告樋口木材の従業員は誰もいず、被告青木において、目算して積んできていた。

以上の事実が認められ、右認定に反する甲第四号証の一の記述部分は採用できず、この他右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右事実とくに、甲車がいわゆる白トラ(白ナンバートラツク)であつて、その車体に被告樋口木材の名が入つていること、事故時も樋口木材の材木運搬中であつたこと、当時の甲車運行状況等によると、被告樋口木材は、被告青木の甲車の運行にあたつて、甲車の運転者あるいは具体的な運行について指示し得べき立場にあり、かつ同車の運行によつて利益を得ていたものであるから、結局、同車を自ら保有してその業務のため自己の従業員をして運転させている場合と同視することができる。

したがつて、被告樋口木材は、本件事故による損害のうち、人損につき自賠法三条により、物損につき民法七一五条一項により、これを賠償する義務を負うものである。

同被告の自賠法三条但書の免責の抗弁は、甲車の運転者である被告青木に過失が存在するので、理由がない。

(二)  被告サンエス企画、被告佐々木

1  被告サンエス企画が乙車を所有することは当事者間に争いがないので、特段の事情の認められない本件においては、同被告は自賠法三条にいう同車運行供用者の地位にあるものといわなければならない。

ところで、本件事故発生は、ひとえに甲車、丁車の運転者の過失に基くものであつて、乙車の運転者(被告佐々木)には、本件事故の原因となるような運転上の過失がなかつたことは、既に述べたとおりであつて、弁論の全趣旨によれば、乙車には本件事故の原因と結びつくような運行供用者の過失も構造上の欠陥も、機能上の障害もなかつたと認められるから、被告サンエス企画は自賠法三条但書により、本件事故により原告らに生じた損害を賠償すべき義務はないこととなる。

2  被告佐々木に本件事故発生の原因となる過失はないので、同被告の過失を前提とする被告サンエス企画、被告佐々木の賠償義務は存しないこととなる。

(三)  被告青木

被告青木に本件事故発生につき過失があつたことは前述のとおりであるから、同被告は民法七〇九条により本件事故に基き原告らの蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

四  損害

(一)  原告夏子の損害

1  葬儀、墓碑建設費

〔証拠略〕によれば、原告夏代は、貞一の事故死に伴い、喪主として、葬儀費、墓碑建設費等として合計五〇万円を優に超える支出をしたことが認められるところ、貞一の年令、職業等をも考慮し、被告らにおいて負担すべき葬儀、墓碑建設費の額は、事故時の現価において、五〇万円と認めるのを相当とする。

2  入院付添費

原告夏代本人尋問の結果によれば、原告貞一の前記入院期間中、同原告は、母親である原告夏代の姉妹の付添看護を受け、そのため、一日当り二、〇〇〇円の割合で七万六、〇〇〇円の支払を余儀なくされたことが認められ、右認定に反する証拠はない。同原告の前記傷害の部位等に鑑みると、右損害は、本件事故と相当因果関係にあるものである。

(二)  貞一の損害並びに原告らの相続

1  逸失利益

〔証拠略〕によれば、貞一は、死亡時満四一才の健康な男子で、父清志(当六六才)、母なつ、妻原告夏代(当四三才)および長男原告賢一(当一八才、高校三年生)と同居し、室内装飾店を従業員六名を使用して二軒経営し、年当り少くとも二〇五万〇七七四円(父清志について専従者控除三〇万円をした残)の純収益を得ていたこと、原告夏代は貞一死亡後右装飾店の営業を引継いだが、従前のような収益はあげられないでいることが認められ、右認定に反する証拠もないがまたそれ以上の収入があつたと認めるに足りるだけの証拠はない。

右の事実によれば、貞一は本件事故にあわなければ、爾後二五年間同程度の収入を得て稼働をし得たはずであり、同人の生活費等として収入の三分の一の支出を余儀なくされるものと推認するのが相当であるから、貞一の逸失利益の本件事故時の現価を、本判決の言渡時までは単利、その後は複利により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると一、九九一万七、九七五円と算定される。

2  丙車の損壊による損害

〔証拠略〕によれば、貞一は、昭和四五年一月六日丙車(コロナマークⅡRT72S)を代金九〇万七、〇〇〇円(月賦代金、新車代金八四万九、五〇〇円)で購入したが、本件事故により、丙車は大破し使用不能となつたことが認められる。

そこで、貞一の乙車損壊による損害を算定するに、同車は購入後約四〇日目の新車であるから、減価償却分を考慮すると、右新車代価の約九割五分にあたる八〇万円と認めるのが相当である。

3  〔証拠略〕によれば、原告夏代、同賢一がそれぞれ貞一の妻、長男であつて、その相続人の全員であることが認められる。

そうすると、原告らは、貞一の右損害賠償請求権につき、法定相続分に応じ、原告夏代はその三分の一である六九〇万五、九九一円(一円以下切捨)原告賢一はその三分の二である一、三八一万一、九八三円(一円以下切捨)ずつ相続取得した。

(三)  慰藉料

〔証拠略〕によれば、請求原因三(三)の事実が認められる。

右事実及び本件に顕われた諸事情を考慮し、原告らが貞一の死亡したことにより受けるべき慰藉料額は、原告夏代が二〇〇万円、原告賢一が前記傷害を受けたことも考慮し二二〇万円を下ることがないと認めるのを相当とする。

(四)  損害の填補

原告らが貞一の本件事故による死亡に基く損害につき自賠責保険から五〇〇万円を受領したことは原告らの自認するところであり、特別の立証がないから右金員が原告らの前記損害にその主張のとおり充当されたというべきである。

(五)  弁護士費用

〔証拠略〕によれば、被告らにおいて本件賠償の任意支払をしなかつたため、原告らは本件訴訟の提起追行を弁護士である本件訴訟代理人に委任し、原告夏代においてその主張の額の手数料、謝金の支払を約したことを認めることができる。ところで、本件訴訟の経緯、認容額に照らし、本件事故時の現価において、六〇万円を事故と相当因果関係のある損害としての被告らの負担すべきものとみるのが相当である。

五  結論

よつて、原告らはそれぞれ、被告樋口木材、同青木に対し各自、本件事故に基く損害賠償として、前記損害合計から填補額を差引いた金員(原告夏代は八四一万五、三二五円、原告賢一は一、二六七万八、六四九円)及びこれらに対する本件事故発生の日の翌日である昭和四五年二月一七日以降支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。原告らの被告樋口木材、同青木に対する本訴請求は右限度で認容し、右被告両名に対するその余の請求及び被告サンエス企画、同佐々木に対する本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高山晨 田中康久 玉城征駟郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例